やがてトリになる
御機嫌よう。私はエイダ。偉大なるドイツのミュンヘンがオリンピア湖に棲まう白鳥です。
冬になり、人間どもは少し寒そうですが、厚い毛皮に覆われた私達にはなんのその。
今日も優雅にオリンピア湖の水面を漂い、ボーイフレンドのウィルヘルムとデートを楽しんでいますの。
…だというのに。
「ケツだけ星人ーwwwwぶりぶりぶりーwww」
まあ、彼処で醜い尻を晒しているのはダミアンね。日本の低俗なアニメ作品なんてどこで嗅ぎつけたのかしら。アイツったら丘に上がって足をガニ股にして、尻をこちらに向けて、左右に小刻みに揺れるなんて下劣な動きをして、同じ白鳥として恥ずかしいわ。
「僕もそう思うぷにね。だが600EURスられた恨みがあるので八つ当たりします」
誰!?
聞き慣れない日本語に反応して音の方を向くと、ヘッドドレスを身にまとった金髪の少女が半透明で宙に浮かんでいました。あれ、声の主は男だったような…?ヘッドドレスからは、白い布が耳のように伸びているものの、表示領域が足りなかったらしく、中途半端な位置で縦にぷっつりと途切れているようでした。
「君たちもああいう風になるといいぷによ。そうしたら僕がTwitterでふぁぼ稼げてTシャツ売ったお金で焼肉が食えたりする」
何を言っているかはわからないけど、なんだか邪悪なことを言っているのはわかりますわ。
思い通りになるものかと宙に浮かんだ金髪を睨みつけていると、変化は急に訪れました。
「ガァァァァァァ!!」
ウィルヘルム!ウィルヘルムどうしたの!?
いつも紳士の彼が取り乱すなんて珍しいことです。優雅に水面を漂っていた姿から一転、苦悶の表情で短く羽ばたくもすぐ川岸に着地し、尻を振りながら羽や頭を落ち着かない様子で震わせていました。
お願いウィルヘルム!返事をして!!
彼のもとに寄って心配そうに様子を伺うも、まるでこちらが目に入っていないかのよう。
そして、次の瞬間、さらなる変化が起こりました。
ウィルヘルムの大きな羽がピタッと畳まれ、明らかに力が込められているのに、全く開かなくなったのです。それどころか、かれの長い首が少しづつ胴体に埋まっていき、やがて焦点の合わない表情のハンサムな顔も、くちばしの先まですっぽりと胴体に収まってしまいました。
それだけではありません。ウィルヘルムがこちらに尻を向けたかと思うと、突如、そこに大きな3つの空洞が空いたのです。シミュラクラ現象によって私はそれを2つの目と口であると認識しましたが、その何者をも写していない虚ろな目と呆けたような口はまさにておくれと呼ぶに相応しい容貌でした。
変わり果てたウィルヘルムが、新たな口から声を発します。
「トリィィィィィィィ!!」
この声を聞いた瞬間、私はもうウィルヘルムが戻ってこないのだと確信して泣き崩れました。しかしほどなくして、私には彼のために涙する暇さえ与えられないのだとわかりました。
首が少しづつ、胴体に吸い込まれていく!
私は悟りました。私の身も、ウィルヘルムと同じようなあの虚ろ目のバケモノに成り果ててしまうのだと。
ああ愛しきウィルヘルム。私も同じ化け物になったなら、私の名前を呼んでくれますか…?
「トリィィィィィィィ!!」
*
ミュンヘン郊外の、オリンピア湖に棲まう白鳥に発生した正体不明の奇病。
やがてそれは、全世界へと拡大して世界中の白鳥に恐れられることになる。
その病魔の名は、ドイツのトリ。
そんな感じの設定でボードゲーム「パンデミック」でも遊んでみてください。
*ドイツのトリの鳴き声が「トリ」なのは本稿のオリジナル設定です。